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東京地方裁判所 平成3年(ワ)17867号 判決

原告

八重洲地下街株式会社

右代表者代表取締役

林秀彦

右訴訟代理人弁護士

岩出誠

池田秀敏

右訴訟復代理人弁護士

外山勝浩

被告

有限会社大興商事

右代表者代表取締役

大橋金四郎

右訴訟代理人弁護士

榎本武光

後藤寛

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の店舗(以下「本件店舗」という。)を明け渡し、かつ、平成三年一一月七日から右明渡済みに至るまで一か月当たり一二〇二万五一七六円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  (本件賃貸借契約の締結)

原告は、昭和六〇年一月二九日、被告との間において、原告を貸主、被告を借主として、東京駅八重洲口地下街のショッピングセンター八重洲大地下街(以下「八重洲地下街」という。)の一部を構成する本件店舗について、次のような条項を含む特約条項の下に賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結して被告に貸し渡し、被告は、そこで「大天狗」(その後「中国飯店」に変更)、「ヒルトン」(その後「京都」に変更)及び「金寿し」の商号の下に飲食店を経営している。

(一) 被告は、本件店舗の改装工事を施工するに当たっては、原告の承認を得たうえでなければ着工してはならないものとし、右工事に当たっては、次の事項を遵守するものとする。

(1) 被告は、工事着工の一〇日前までに改装工事に関する詳細図を原告に提出するものとする。

(2) 工事の施工の期間を遵守するものとする。

(二) 被告は、本件店舗における営業を休業する場合には、原告の定めた「東京駅八重洲大地下街管理規程」所定の様式による休業届を原告に提出して届け出るものとする。

(三) 被告は、本件店舗の店長又は責任者及びその不在の場合における副責任者を書面をもって原告に届け出るものとし、それらの者に変更があった場合には、三日以内に書面をもって原告に届け出るものとする。

(四) 被告は、開閉店時には盗難、火災等の安全、施錠及び店内設備商品の異常の有無を確認し、毎日、前掲「東京駅八重洲大地下街管理規程」所定の様式に夜「防火管理確認票」を閉店退出時に原告に提出するものとする。

(五) 被告がこれらの条項を含む本件賃貸借契約の約定に違反したときは、原告は、なんらの通知又は催告をすることなく、本件賃貸借契約を解除することができるものとし、この場合においては、被告は、原告に対して、解除の日の翌日から本件店舗の明渡済みに至るまで賃料及び諸経費(管理費)の倍額の割合による損害金を支払うものとする。

2  (被告の契約違反)

(一) ところが、被告は、平成三年三月二日以前から、原告に休業届を提出することなく本件店舗内の「大天狗」の営業を休業したうえ、原告の承認を得ることなくその改装工事に着工した。

そこで、原告は、それが契約違反であることを被告に指摘したところ、被告は、同月四月四日に至って、原告に対して、本件店舗内の「大天狗」の厨房排気設備工事等及び本件店舗内の「ヒルトン」の改装工事の承認申請書を提出した。

(二) これに対して、原告は、被告の代表取締役が当時原告において計画中であった八重洲地下街のリニュウアル計画への協力を約束することなどの記載のある確認書及び被告がリニュウアル時において被告の店舗における営業を八重洲地下街のゾーニングプランに適合するような業種に変更することなどを約する旨の記載がある覚え書に自ら署名、押印して原告に差し入れることを条件として、被告の申請にかかる工事を承認する旨を告げた。

(三) ところが、被告は、後日速やかに右確認書等を提出するからとして、「大天狗」及び「ヒルトン」の改装工事を施工してしまったうえ、原告の再三にわたる催告にもかかわらず右確認書等を提出せず、さらに、原告が平成三年一〇月二六日に到達した書面によって一週間以内に右確認書等を提出するように催告したのにも応じなかった。

(四) さらに、被告は、平成三年一一月五日、本件店舗内の「金寿し」において、原告の承認を得ることなく、ガラスサッシを撤去して新たにショーウインドウを設置する改装工事を施工した。

(五) 以上のほか、被告は、本件店舗の店長又は責任者及び副責任者が変更したにもかかわらずこれを届け出なかったり、店舗の管理又は責任態勢が確立されず、八重洲地下街の各店舗の店長で構成する店長会議にもしばしば店長が欠席するなど、形式的にも実質的にも店長等の届出義務に違反し、あるいは、前記の防火管理確認票の不提出、無届の休業等の違反を繰り返すなどして、公共的性格や高級ショッピングセンターとしての特殊性を持ち、約二三〇店舗に及ぶ原告所有の店舗全体の統一的なイメージ、信用、雰囲気等を維持し、地下街としての安全性を確保しなければならない八重洲地下街における店舗の賃貸借契約における賃貸人と賃借人との信頼関係は、被告のこれらの義務違反によって、著しく破壊されてしまった。

3  (本件賃貸借契約の解除)

そこで、原告は、平成三年一一月六日に到達した書面によって、被告に対して、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

4  (結論)

よって、原告は、本件賃貸借契約の終了を原因として、被告に対して、本件店舗の明渡し及び賃貸借契約が終了した日の翌日である平成三年一一月七日から右明渡済みに至るまで当時の賃料及び諸経費(管理費)の倍額である一か月当たり一二〇二万五一七六円の割合による損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1(本件賃貸借契約の締結)の事実は、認める。

2  同2(被告の契約違反)の事実中、被告が平成三年三月二日頃本件店舗内の「大天狗」の改装工事に着工したこと、被告が同月四日に原告に対して本件店舗内の「大天狗」の厨房排気設備工事等及び本件店舗内の「ヒルトン」の改装工事の承認申請書を提出し、原告がこれを承認したこと、被告が「大天狗」及び「ヒルトン」の改装工事を施工したこと、被告が原告の催告にもかかわらず原告主張の確認書等を提出しなかったこと、被告が平成三年一一月五日に本件店舗内の「金寿し」においてガラスサッシを撤去して新たにショーウインドウを設置する工事を施工したことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、その計画する八重洲地下街のリニュウアル計画に多くのテナントが賛成せず、思うように計画が進捗しないところから、八重洲地下街に多くの店舗を賃借して営業をしている被告に標的を定めて、右計画に無条件に協力させるべく、その違反の有無を日常的に監視して、軽微な義務違反等を論っているものである。被告になんらかの義務違反があったとしても、それは賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するようなものではなく、これを理由として本件賃貸借契約を解除することはできない。

3  同3(本件賃貸借契約の解除)の事実は、認める。

4  同4(結論)の事実中、当時の本件店舗の賃料及び諸経費(管理費)の倍額が一か月当たり一二〇二万五一七六円であることは認める。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1(本件賃貸借契約の締結)の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、原告の主張する本件賃貸借契約の解除原因の存否について検討すると、先ず、前掲摘示の当事者間に争いがない事実に〈書証番号略〉、証人坂本正義及び同高橋健輔の各証言、被告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せると、次のような事実を認めることができる。

1  原告は、平成三年二月頃、被告の求めに応じて、本件店舗内の「大天狗」のファンコイル、排気ダクト等の取替えなどの空調関係の工事を行ったが、これに伴って、右店舗部分の天井等の内装の一部が取り払われるなどした。

そこで、被告は、右の機会に、ラーメン店であった右店舗部分の内装を一新してこれを中華料理店とすることとし、同年三月始め頃、右店舗部分での営業を休業したうえ、原告の承認を得ないままに、その内装工事に着工した。

2  原告は、平成三年三月二日頃、被告の右内装工事の着工を発見して、それが契約違反であることを被告に指摘したところ、被告は、同月四日、原告に対して、本件店舗内の「大天狗」の厨房排気設備工事等及び本件店舗内の「ヒルトン」の改装工事の承認申請書を提出した。

3  これに対して、原告は、当時、平成五、六年頃を目途とした八重洲地下街のリニュウアル計画を有していて、本件店舗付近は飲食店ゾーンから物品販売ゾーンに変更することを計画していたところから、被告に対して、被告が右リニュウアル計画に協力して、リニュウアル時には本件店舗における営業を輸入雑貨販売業等の物品販売に変更することや建設協力金を預託することを求め、被告がこれを承諾して、被告の代表取締役自身が署名、押印したその趣旨の確認書を原告に差し入れるのであれば、「大天狗」及び「ヒルトン」の改装工事を承認する旨を伝えた。

4  被告は、この間に、「大天狗」の内装工事を続行してこれを完成したほか、前記の確認書を原告に差し入れることもないまま、平成三年五月下旬頃、「ヒルトン」の改装工事に着工したので、原告は、被告に対して、右工事の中止方を申し入れるとともに、前記確認書と同趣旨の記載のある覚書を作成して、右確認書及び覚書に被告の代表取締役の署名、押印を求めた。

これに対して、被告から原告との交渉を委ねられていた訴外湯川繁は、被告の代表取締役が不在で、その署名、押印を得ることができないとして、自らが被告の代理人として右確認書に署名、押印して原告に差し入れ、後日にこれを被告の代表取締役が署名、押印したものと差し替える旨を告げたので、原告は、訴外湯川繁の申し入れに応じて、「ヒルトン」の改装工事を再開することを承認し、軽食、喫茶を中心としたレストランであった「ヒルトン」の店舗部分は、和食の割烹店に改装された。

5  ところが、被告の代表取締役は、原告の八重洲地下街リニュウアル計画には多くの問題点があって、直ちに原告の前記の申入れないし条件を承諾することはできず、また、訴外湯川繁に右申入れを承諾して確認書に署名、押印するような権限を与えたことはないとして、原告からその後再三にわたって口頭及び書面によって求められた前記確認書及び覚書への署名、押印を拒否したままとした。

6  また、被告は、従前、本件店舗内の「金寿し」においては、通路側のガラスサッシの外側にショーケースを置いて商品を陳列していたが、平成三年一一月五日、原告の承認を得ることなく、右ガラスサッシを撤去して新たにショーウインドウを設置する改装工事を施工した。

7  以上のほか、被告は、本件店舗の「大天狗」及び「ヒルトン」部分についての前記工事施工期間等を中心として、原告に休業届を提出することなく、本件店舗での営業を休業したり、一か月に数日程度「防火管理確認票」の提出を怠るようなことがあり、また、本件店舗の店長が毎月一回開催される八重洲地下街の各店舗の店長会議に欠席するようなこともあった。

また、被告は、本件賃貸借契約の締結当時、本件店舗の各部門毎の店長、責任者等の氏名を原告に届け出て、その後、右店長等に異動があったにもかかわらず、これを原告に届け出ず、あるいは、本件店舗の各部門において責任者等として稼動している者が原告からの連絡等に対して責任者等としての的確な対応をすることができないようなこともあった。

三右認定事実によれば、被告の前記のような一連の所為には、本件賃貸借契約の特約条項に違背するところのあることは否定できないところである。

ところで、〈書証番号略〉によれば、本件賃貸借契約の特約条項は、多数の店舗が並列して営業を行う地下街のショッピングセンターとしての特殊性を反映して、実体的にも手続的にも詳細を極めたものとなっているところであって、それは、多数のテナントを集団的に規律し、全体としての秩序やショッピングセンター全体の統一的なイメージを維持して、各店舗の共存を図り、あるいは、安全性を確保するという合理的で首肯し得る側面を有するけれども、他方、賃借人が特約条項に違背したとして賃貸借契約を解除することができるものとするためには、当該義務違背が背信的かつ重大なものであって、右のような地下街のショッピングセンターの店舗という特殊性を正当に考慮したうえでの賃貸人と賃借人との信頼関係を破壊するようなものでなければならず、単なる集団的な規律のための手続的な条項への違背をもっては、直ちに賃貸借契約を解除することはできないものと解するのが相当である。また、本件賃貸借契約は、その一か月当たりの賃料及び諸経費の合計が六〇〇万円を超えるような高額なものであって、その解除に伴って生じる経済的な効果も著しく大きいのであるから、その解除原因となり得る義務違反の程度も、それに相応した重大なものでなければならないものというべきである。

これを本件についてみると、被告のした本件店舗内の「大天狗」の内装工事は、原告がしたファンコイル、排気ダクト等の取替えなどの空調関係の工事によって右店舗部分の天井等の内装の一部が取り払われた機会に、これを原状どおりのラーメン店としての内装に復旧することなく、同一系列の飲食店である中華料理店としての内装にふさわしいものに変更したというに過ぎないものであること、被告は、右内装工事に着工後であったとはいえ、原告の求めに応じて、改装工事の承認申請書を原告に提出していること、原告は、被告がした「大天狗」及び「ヒルトン」の改装工事の承認申請に対して、八重洲地下街のリニュウアル計画への協力という条件付きながらも、一旦はこれを承認したものであって、右内装工事自体に承認を拒むべき合理的な理由があったという訳のものではないことが窺われること、原告が右承認に付した条件は、リニュウアル時における本件店舗における営業の輸入雑貨販売業等の物品販売への変更や建設協力金の預託金という重要なものであって、被告として、直ちにこれに応諾し難いものがあったとしてもあながち無理はなく、また、訴外湯川繁の採った措置が自らの意思に副うところではないとして確認書及び覚書への署名、押印を拒否したままとしたことについても、それが被告の単なる言い逃れに過ぎないと断じるべき証拠はないこと、かえって、原告においてこそ、本件店舗内における被告の無承認の改装工事を発見するや、これを奇貨として直ちに前記のような条件を付してこれを承認し、被告をリニュウアル計画に協力させようとする態度には、強引さや性急さが顕著であること、被告のした本件店舗内の「金寿し」の工事は、〈書証番号略〉及び被告代表者尋問の結果によれば、ガラスサッシ及びその外側に置かれたショウケースをショーウインドウに改めたものであって、それによって美観上その他の点において格別の問題が生じるものではなく、被告が予めその承認を申請していたものとすれば、原告においてこれを拒絶すべき合理的な理由があるものとは考えられないこと、その他の無届休業、「防火管理確認票」の提出の懈怠、店長会議への欠席あるいは店長等の届出の懈怠は、賃貸借契約の法律関係にとっては、それ自体として必ずしも重大な義務違背とはいえないことなどに照らすと、被告の義務違背の内容及び程度は、個別的にみても又は全体として評価しても、未だ本件賃貸借契約の解除原因を構成する程には背信的かつ重大なものとはいえないものと解するのが相当である。

四以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官村上敬一)

別紙物件目録〈省略〉

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